04/02/2012(Mon)
貴方の狂気が、欲しい 60話
久々に訪れた街は少し前と何も変わらず喧騒を作り出していた。
二人は御用達にしていたお気に入りのブランド店へ入りスーツを買った。仕事がある訳でもないが、そのままのラフな格好で挨拶に行きたくない場所があったからだ。
時枝は木戸のスーツ姿は久し振りに見た気がした。以前より引き締まったせいか、やけに男らしく見えて時枝は静かに胸を高鳴らせた。
木戸はついでに下ろしっ放しだった前髪を整える。時枝も長くなった髪を一つにまとめた。
そして二人は暁明の元へ向かった。
時枝の元気な姿を見た暁明は涙を溜めて抱擁をしてきた。
「兄さん……とお呼びしても……」
「当たり前だ、香。嬉しいよ……こんな日が来るのをずっと待っていた……!」
暁明はあれからずっと父親に説得を続けていた。
父の気持ちや母の気持ち、そして惨状を理解はしているが、生まれてきた時枝に罪はなく、それどころか如何に時枝が心に傷を負ったか、杉下に渡してどうなってしまったかを伝えた。
懸命な暁明の説得により、今後は時枝に一切手を出さないと約束する事が出来た。
「香を恨むのはお門違いだと言ったんだ」
「ありがとう……本当に何もかも」
「何を言ってるんだ! 私たちは兄弟なんだ! いっそここに一緒に住めばいい!」
暁明がそう言うと、側にいた愛人が少しだけ顔を曇らせた。
「いや。気持ちは嬉しいけど、私は木戸さまとまた一からやっていくつもりなんだ」
「……そうか。それなら仕方ない。またいつでも遊びに戻っておいで。いいね?」
暁明が寂しげな表情で時枝の頬を撫でる。
「暁明、時枝もいいが横に居る小さいのが妬くからよく面倒みてやれよ?」
「ちっ、違っ」
慌てて赤くなった愛人の方を向いた暁明は微笑みながら優しくキスをした。
「妬いてるこの子も可愛いでしょう?」
人前でキスなどしない暁明が可愛いとまで言った事に、愛人は更に顔を赤くして下を向いてしまった。
「で、だ。杉下はまだうちの病院にいて延命させてはいるが……どうする?」
暁明が時枝を見た。
「会わせて貰って……いいですか」
「おい」
木戸が時枝の肩に手を置いた。
だが時枝の顔は眉一つ動かずいつもの無表情のままだ。
「分かった。では病院へ案内しよう」
時枝たちはその足で病院へと向かった。
病院にしてはこ洒落た外観の建物は、多くの患者で賑わっていた。ここらでは有名な大きな病院にまさか警察沙汰の男を延命しているとは誰も思わない。
杉下はその病院の奥にある個室にいた。
身体中ガーゼが貼られているのは木戸が穴を空けた場所だ。未だ動けずにベッドの上で沢山の線に繋がれて生きていた。
痩せてはいるが、ギラついた目で時枝を見つけると酸素マスクの下で涎を垂らして喜んだ。
「二人きりにして貰えないだろうか」
時枝は静かに言った。その言葉に杉下は興奮して下卑た言葉を喚いている。
「大丈夫か?」
木戸は杉下から目を逸らさないまま時枝に言った。
「はい。何かあれば呼びます……ドアの前に居て下さい」
「分かった」
そう言って時枝は杉下と二人きりになった。
容易に近づけば腕を食い千切りそうな表情をしている。血走った目は黒目が小さく、痩せこけた顔は蒼白で気味が悪い。以前見た美しさは失われていた。
それでも、これが自分の父親だと認めざるを得ない屈辱に、時枝は拳を強く握った。
「なんだよぉ。また犯されたいってのかぁ? 早く上に乗れよぉ」
杉下はベッドをキシキシと鳴らしながら下品に下半身を上下させている。
「貴方は……何がしたかったのですか?」
「はぁ?」
「何故……母さんを酷い目に遭わせたのですか」
杉下は拍子抜けしたように小さな黒目を天井に向けた。
「あー……。分かんね。気が付いたら物でも人でも、何でも壊したい衝動に駆られてたからな。頭がどっかおかしいんだろ。壊した時しか快感が得られねぇんだ。だからあの女も壊した。あれは良かったぜぇ。あ、お前も良かったけどよ。へへ…へへ……」
狂人特有の不気味な笑いを浮かべた後、杉下は急にげんなりとした表情に変わった。
「でもよぉ……。お前の男にたーっくさん穴空けられちまって……動かねぇんだわ。身体も。俺の大事な所まで撃ったんだぜ? アイツ。お前、あんなのと付き合ってたらきっと殺されるぜェ?」
「構いません。彼になら」
時枝は涼しい表情で言ったが本心だった。
「へぇ……お前もイカれてんだなぁ。さすがに俺の息子だァ! あはっあはっ」
さも楽しげに響く笑い声が何だか痛々しかった。
「さぁ。お父さん。親子の楽しい団欒はもう終わりですよ。どうしたいですか?」
時枝の言葉に、杉下は一秒止まって唾を飲み込んだ。そして軽く溜息をついて、初めてまともな表情をした。
「ハァ。分かってるよ。俺にはもう楽しみがない……終わりだよ。もう終わりがいい」
時枝はスッと立ち上がって杉下の真横に立った。
杉下は指一つ動かそうとはしなかった。視線も自分のつま先の方から動かさない。
「分かりました」
時枝は無表情のまま、点滴の中に違う液体を入れた。
「貴方が間違って作った命ですが、私は今とても幸せです」
杉下の額に汗が浮かび始めた。
「なん……か……俺も良い事した……みたいな気分だ……イイ気分だァ……ぅっ」
杉下はベッドの上で七転八倒し始める。
「さようなら。お父さん」
時枝は眉一つ動かさず、杉下という男を見送った。
ガラガラとドアを開けて廊下へ出ると、すぐ横に木戸が立っていた。
「お前が終わらせなければ、俺が終わらせていた」
そう言って木戸が抱き締めてくれて初めて、時枝は自分が泣きそうな顔をしていた事に気付いた。
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二人は御用達にしていたお気に入りのブランド店へ入りスーツを買った。仕事がある訳でもないが、そのままのラフな格好で挨拶に行きたくない場所があったからだ。
時枝は木戸のスーツ姿は久し振りに見た気がした。以前より引き締まったせいか、やけに男らしく見えて時枝は静かに胸を高鳴らせた。
木戸はついでに下ろしっ放しだった前髪を整える。時枝も長くなった髪を一つにまとめた。
そして二人は暁明の元へ向かった。
時枝の元気な姿を見た暁明は涙を溜めて抱擁をしてきた。
「兄さん……とお呼びしても……」
「当たり前だ、香。嬉しいよ……こんな日が来るのをずっと待っていた……!」
暁明はあれからずっと父親に説得を続けていた。
父の気持ちや母の気持ち、そして惨状を理解はしているが、生まれてきた時枝に罪はなく、それどころか如何に時枝が心に傷を負ったか、杉下に渡してどうなってしまったかを伝えた。
懸命な暁明の説得により、今後は時枝に一切手を出さないと約束する事が出来た。
「香を恨むのはお門違いだと言ったんだ」
「ありがとう……本当に何もかも」
「何を言ってるんだ! 私たちは兄弟なんだ! いっそここに一緒に住めばいい!」
暁明がそう言うと、側にいた愛人が少しだけ顔を曇らせた。
「いや。気持ちは嬉しいけど、私は木戸さまとまた一からやっていくつもりなんだ」
「……そうか。それなら仕方ない。またいつでも遊びに戻っておいで。いいね?」
暁明が寂しげな表情で時枝の頬を撫でる。
「暁明、時枝もいいが横に居る小さいのが妬くからよく面倒みてやれよ?」
「ちっ、違っ」
慌てて赤くなった愛人の方を向いた暁明は微笑みながら優しくキスをした。
「妬いてるこの子も可愛いでしょう?」
人前でキスなどしない暁明が可愛いとまで言った事に、愛人は更に顔を赤くして下を向いてしまった。
「で、だ。杉下はまだうちの病院にいて延命させてはいるが……どうする?」
暁明が時枝を見た。
「会わせて貰って……いいですか」
「おい」
木戸が時枝の肩に手を置いた。
だが時枝の顔は眉一つ動かずいつもの無表情のままだ。
「分かった。では病院へ案内しよう」
時枝たちはその足で病院へと向かった。
病院にしてはこ洒落た外観の建物は、多くの患者で賑わっていた。ここらでは有名な大きな病院にまさか警察沙汰の男を延命しているとは誰も思わない。
杉下はその病院の奥にある個室にいた。
身体中ガーゼが貼られているのは木戸が穴を空けた場所だ。未だ動けずにベッドの上で沢山の線に繋がれて生きていた。
痩せてはいるが、ギラついた目で時枝を見つけると酸素マスクの下で涎を垂らして喜んだ。
「二人きりにして貰えないだろうか」
時枝は静かに言った。その言葉に杉下は興奮して下卑た言葉を喚いている。
「大丈夫か?」
木戸は杉下から目を逸らさないまま時枝に言った。
「はい。何かあれば呼びます……ドアの前に居て下さい」
「分かった」
そう言って時枝は杉下と二人きりになった。
容易に近づけば腕を食い千切りそうな表情をしている。血走った目は黒目が小さく、痩せこけた顔は蒼白で気味が悪い。以前見た美しさは失われていた。
それでも、これが自分の父親だと認めざるを得ない屈辱に、時枝は拳を強く握った。
「なんだよぉ。また犯されたいってのかぁ? 早く上に乗れよぉ」
杉下はベッドをキシキシと鳴らしながら下品に下半身を上下させている。
「貴方は……何がしたかったのですか?」
「はぁ?」
「何故……母さんを酷い目に遭わせたのですか」
杉下は拍子抜けしたように小さな黒目を天井に向けた。
「あー……。分かんね。気が付いたら物でも人でも、何でも壊したい衝動に駆られてたからな。頭がどっかおかしいんだろ。壊した時しか快感が得られねぇんだ。だからあの女も壊した。あれは良かったぜぇ。あ、お前も良かったけどよ。へへ…へへ……」
狂人特有の不気味な笑いを浮かべた後、杉下は急にげんなりとした表情に変わった。
「でもよぉ……。お前の男にたーっくさん穴空けられちまって……動かねぇんだわ。身体も。俺の大事な所まで撃ったんだぜ? アイツ。お前、あんなのと付き合ってたらきっと殺されるぜェ?」
「構いません。彼になら」
時枝は涼しい表情で言ったが本心だった。
「へぇ……お前もイカれてんだなぁ。さすがに俺の息子だァ! あはっあはっ」
さも楽しげに響く笑い声が何だか痛々しかった。
「さぁ。お父さん。親子の楽しい団欒はもう終わりですよ。どうしたいですか?」
時枝の言葉に、杉下は一秒止まって唾を飲み込んだ。そして軽く溜息をついて、初めてまともな表情をした。
「ハァ。分かってるよ。俺にはもう楽しみがない……終わりだよ。もう終わりがいい」
時枝はスッと立ち上がって杉下の真横に立った。
杉下は指一つ動かそうとはしなかった。視線も自分のつま先の方から動かさない。
「分かりました」
時枝は無表情のまま、点滴の中に違う液体を入れた。
「貴方が間違って作った命ですが、私は今とても幸せです」
杉下の額に汗が浮かび始めた。
「なん……か……俺も良い事した……みたいな気分だ……イイ気分だァ……ぅっ」
杉下はベッドの上で七転八倒し始める。
「さようなら。お父さん」
時枝は眉一つ動かさず、杉下という男を見送った。
ガラガラとドアを開けて廊下へ出ると、すぐ横に木戸が立っていた。
「お前が終わらせなければ、俺が終わらせていた」
そう言って木戸が抱き締めてくれて初めて、時枝は自分が泣きそうな顔をしていた事に気付いた。
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コメント
>
> この方法だったんだね。
> ずっと 体が朽ち果てるまで 放っとくのかと。
> でも それじゃ いつまで経っても この腐れ外道は 死にそうに無いよね~
> と、何気に 毒を吐いてみる私です(笑)
やはり実の父ですしちょっと恨み切れない部分も
あったのだと思います(>ω<)
複雑な時枝心ってやつですね。。
> これで 時枝が呪縛から解き放たれたのかな?
> まだ 遣り残した事あったっけ(*´――`)ン?...byebye☆
ん~ヤり残した事……σ(´-ε-`)ウーン…
自分の中で大きな問題は解決出来たようですが…。
あとは二人の成り行きってところでしょうか!
そろそろフィナーレでございます(>ω<)!
コメントどうもありがとうございました
この方法だったんだね。
ずっと 体が朽ち果てるまで 放っとくのかと。
でも それじゃ いつまで経っても この腐れ外道は 死にそうに無いよね~
と、何気に 毒を吐いてみる私です(笑)
これで 時枝が呪縛から解き放たれたのかな?
まだ 遣り残した事あったっけ(*´――`)ン?...byebye☆
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